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鬼神となって改めますの言葉通り、当初の本懐を達成。
この頃には張昭殿とか割ともうどうでもよかったですけどね。

小覇王旗揚げから馳せ散じるはずが、かけ離れた展開になったなあと
馬騰軍入りした孫策達を見ながら思うのです。



>>>> 三国志Ⅶエントリ一覧




しかしながら、勢力潰す→在野→敵勢力がウハウハ
これは別にうちの君主がしょんぼりなせいばかりではないようで。


217年11月 南海を本拠とする劉璋、馬騰によって処刑される
        劉璋の勢力、大陸から姿を消す



この後、元劉璋の張任やらがうちに流れ込んできました。
8だと仇敵ってシステムがありましたが、
勢力を潰した時は何か隠れ怨恨フラグでもあるんじゃないかと。



武将が他勢力へ下る経緯は2通り。
計略で説得された時か、もしくは戦闘で負けて捕虜になった時で、
成功率の係数はおそらく義理・忠誠・君主魅力あたり。
義理が低いと忠誠が下がりやすく、経緯に関係なく簡単に寝返りってのが基本。

ややこしいのが義理の高い武将。
忠誠が下がりにくく、特に説得での成功率はかなり低め。
ただし捕虜にすると義理が高くても割とあっさり寝返ったり。
敗戦に感服、納得するといった意味合いなのか、
君主魅力の影響は捕虜時の方が大きいようにも思います。

ここへ勢力滅亡時の隠しフラグとして怨恨を加味。
勢力が滅んでも帰順せず、在野になった将は翌ターンには残らず他勢力領地へ移転。
そこへ攻め込んでも、さらに翌ターンにはまた別の土地へ蜘蛛の子を散らすかのごとく。
そして気付くと戦場で「またおまえか」と合間見えるのがパターンに。

今回のプレイでは曹彰、朱霊あたりが特に。
無双持ちでメンドイ敵なのに何度も出てきたので
余計に覚えてるってのもありますが。混乱させてボコんぞコルァ。



と、いうことは。
滅亡寸前までを削っておいて、トドメは他勢力に任せるのが、
自勢力を大きくするには合理的ってことになるのでは?




なんて思った時には公孫続・馬騰の残る2勢力による決勝幕開けなわけで。




ショッカー軍が滅ぼした元曹操・張昭軍を吸収した馬騰軍。
勝ってもあんまり人増えないけど、負けるとがっつり減る。
こっちが領地を広げると相手の1領地当たりの武将密度が増す。


大陸の大半を占める大勢力になっても
進めるごとに困窮する綱渡りシステムは健在のようです。
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