なんかね。濮陽攻めで参軍やれって言うからね。
行ったらね。義兄上いなくてね。総大将典韋でね。
勝ったけどね。そのまま太守にされてね。
おおおおおい知力3桁無駄にする気か。ってね。
その後しばらくして義兄上が許昌を取ったものの
武将が手薄なのをチャンスとばかりに
足元へ移動申請→おk→知力TOPで軍師getという塩梅。
勿論義兄上=曹操様。
内政して人材発掘して出世して対牛輔に公孫サンと同盟組んで勝利して
曹操様のとこ通って戦法貰って義兄上って呼ぶようになって
義兄上の紹介で結婚して。
と、この辺まではいつも通り。
おやと思ったのは多分この辺り。
前述の許昌攻めで曹操軍領地が3つになった頃。
小勢力が多数乱立する群雄割拠の190年。
大抵は董卓軍が曹操軍を取り込んで拡大しますが、今回はウチ粘ってますから。
その隙に同盟の公孫サンが漁夫の利で図に乗る結果に。
広がる橙色を見慣れた自分がちょっと悲しい。
まだショッカー軍じゃないけどさ。
ショッカー父は割りと優秀だけどさ。
今こそ前世から引き継いだ橙色の恨みを晴らす時。
なんて悠長に思える状況でもなかったです、この時は。
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こぼれ話①
義兄妹なる前で、信頼の時点。
部下相手に殿付きで呼んじゃう曹操様。
開発のチェックミスだろうけど凡ミスすぎると思うんだ。
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